実家の柿です。父は柿が大好きで、毎日食べています。
自分が食べたいがために植えたかのように。
柿の木を見ると母の実家の柿の木を思い出します。
小さい頃母の実家に住んでいたので、慣れ親しんでいました。
おじいちゃんに、「おど(津軽弁ではお父さんという意味ですが、
母がそう呼んでいたので孫の私もそう呼んでいました。)
この柿、いつ食べれるの?」おど、「秋になったらおおっきな実こ、なるはんで
それまで、まで(待って)」と優しく微笑んでいる顔を思い出します。
だから、柿を見ると、おどと、父の顔が両方思い浮かびます。
時が来ないと、実がならない。が時が来ると実がなる。
リバイバルを待ち望んでいる私たちのも、時が来ているんですね。
その時が、近ずいているんですね。
収穫の備えをしないと。?食べる備えも??